くらしの残り香

たまには真面目な話でも。



このところ山地を自転車で徘徊する事が多い。
観光地として有名な場所や人から忘れ去られた様な国道・県道・林道など、思いつくままルート予定を立てて走っている。


その「楽しみ」と同時に抱いてるささやかな目的は、現在私が住んでる地域というのは私自身が生まれ育った場所ではないので、この土地の様々な知識を得る事と知識のみならず「感覚」や「雰囲気」でこの周辺の山や川、谷や森や林を知りたいが為である。


勿論自転車を始める前からフライ・フィッシングや軽登山で分け入った渓谷や深山、キャンプやカヤックで訪れた様々な場所に対する積み重ねた経験も今私が捉えてるこの地方の「気分」の土台の一部としてあるが、自転車で走る道というのはまさに生活に密着した場所、生活そのものが見えるルートであるが故に自動車の速度では見えない、自転車でしか見えない風景がある。


そんな「暮らし」の雰囲気を体感出来る自転車での小さな旅、そこで最近よく目にするものに「限界集落」というものがある。


四国西南地域の片田舎、特に標高が高い場所に住んでる人は殆どが老人。そして隣と密接してる家など殆ど無い「個」で存在する家々。


ある程度の集落には「集会所」というものが存在してるが、そこすらも最早使用されなくなった集落というのも存在してる。最早「集落」ではなく、集落の痕跡がある場所に住んでる数人の老人たちの家と言った方が正しいのかもしれない。


高度を上げていく毎に見える朽ち果てた家々や放置された田畑、そして家具や食器など、そこで営まれていたであろう暮らしの残滓たち。栄枯盛衰世の習いといえども、つくづく無常を感じる。


そしてその限界集落の高度が徐々に下がってきている。
これも致し方の無い事と、傍観するしかないのだろうか。
いずれ我が身に、我が住処の町にも訪れる現実だとしても。


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Commented by もも平 at 2010-06-05 23:55 x
そうですねー、四国に住んでいると少し山にはいると点々と小さな集落があるのを目にします。僕がいつも思うのはよくもこんな場所で暮らしているなぁってこと。やっぱり先祖は平家の落ち武者だったのかなぁ・・・とか。

先日行った棚田の近くにもそんな場所があって、こりゃ病院や学校なんてどこまで行くんだ?と心配になるほどでした。まぁ、たぶんお年寄りしか住んでいないのでしょうが・・・。

こちらも心配されていたかも?「こいつはこんな場所まで自転車で来たのか?おかしな奴だ」ってね。
Commented by 沈さん@あれーおじさん at 2010-06-06 06:24 x
ももさん>
徳島の山城や祖谷なんかも山の斜面に引っ付いてるような集落が多いですよね。小学生なんかは通学で足腰鍛えられてるでしょうね(^_^.)。

たしかに先方から見れば「なんだ?、あのピチピチした服着た変な自転車乗ってる暇人は?」って思われてるでしょうね(笑)。
by AllezAllez | 2010-06-05 22:17 | その他もろもろ | Comments(2)

四国西南地域をロードバイクやカヤックで遊んだ記録です。 by沈さん@られーおじさん


by 沈の字